誰もがアイデンティティの悩みを抱えています。それは思春期特有のものと思われがちですが、社会に出て荒波に揉まれる中で「再構築」を迫られる大人は少なくありません。特に、何もないところから価値を生み出す「起業家」にとって、アイデンティティ再構築は避けては通れない道です。ここで言う「起業家」とは、必ずしも会社を起こした人だけに限定しません。リスクを取ってゼロからイチを経験したすべての人を、敬意を込めてそう呼びたいと思います。私はブランディングの専門家として新卒の頃から企業のアイデンティティの定義をし、それに基づいて商品開発や販売、PR、広告など全ての企業活動が行われるように支援するというブランディングとコミュニケーションの仕事をしてきました。社会人になってからずっと自分のアイデンティティに悩み続けてきましたが、ある時、そのブランディングの手法によって私自身のアイデンティティ・クライシスを乗り越えた経験をしたのです。かつての私と同じように、今まさに「自分という軸」に迷っている方へ。ブランディングの知見が、あなたの解決への道筋になれば幸いです。
自分の生い立ちと育んできた性格を愛すること
起業家には自身のアイデンティティに悩んで苦しい経験をした人が多いように感じます。私自身の経験で言うと、大学生までは平和に過ごしていたのですが、会社員時代は社内の一部の魑魅魍魎に一方的に攻撃されて勝手に修羅場に巻き込まれたことが何度かあり、それらと対峙する際にアイデンティティについてかなり悩みました。
私は福岡市で生まれ育ち、3歳で水泳の習い事を始め、習字、エレクトーン、ガールスカウト、塾というようにいわゆる「文武両道」のレールを、より端的に言うと両親や恩師など周囲の大人達が私が転んで怪我しないように整えてくれたレールを疑いなく走ってきたので、自分では「地方の自然豊かな環境で育った優等生」というセルフイメージを持ってました。大学で上京してからも友人や恩師に恵まれていたので特にアイデンティティ・クライシスに陥ることもなく、今振り返ってみても牧歌的な学生時代を過ごしていたと思います。
ですが、社会人なりたての頃に会社の煙草部屋に集う人たちが私のことを陰で「お嬢」と呼んで悪口を言っていることを先輩が教えてくれて陰口を言う人に対しても陰口を運んでくる人に対しても強い生理的嫌悪感を感じたのを皮切りに、その後、仕事を覚えていくにつれて足を引っ張る先輩や派遣社員の言動の酷さは増していきました。勤めていた会社でのハードシングスを語れば非常に長くなるので具体的なエピソードはここでは割愛しますが、私は自分から人を攻撃したりしないので、理由もなく一方的に、陰に陽に人を攻撃して陥れようとする人たちのことが全く理解できませんでした。
起業家の人の多くは、実家が会社経営していたり特殊な教育を受けることができたりとその生育環境から違うため、そもそも会社とか組織に依存するマインドセットや人様に対してとやかく言ったり嫉妬したりするマインドセットが育っていないと思うんです。多くの起業家は生まれつきのサラリーマンじゃないからそういう発想すら皆無でそういう言動ができないしそういうことを平気で出来る人たちを理解できない。だから私も理解できないことに苦しんできたんだと思いますが、まずは日本において起業家はマイノリティであるという事実を受け入れつつ、起業家は良い意味でも悪い意味でも純粋培養されて「自分で切り拓くしかない」という主役根性の教育を受けてきたのだから、自分の生育環境に感謝してその環境下で育んできた自身の性格をそのまま愛すると楽になると思います。余談ですが、私は周りから理不尽な攻撃を一方的に受けても自分の価値を疑うことは一度もなかったので、私に健全な尊厳と誇りと良識をもたらしてくれた家庭環境と学生時代の環境にとても感謝してます。
ブランディングの手法でアイデンティティ・クライシスから脱却
先ほど「自分の生育環境に感謝してその環境下で育んできた自身の性格をそのまま愛すると楽になると思います」と書きましたが、①自身の性格をそのまま愛するようになるまでのプロセスはそれなりにハードであること、②アイデンティティを確立するだけでは不十分でアイデンティティをマインドセットに落とし込む「マスターマイセルフ(自分という存在を乗りこなす)」が必要であること、の2点をここで補足したいと思います。
私は高校生の時にスピッツの音楽に出会ったのですが(高校の帰り道に天神のソラリアで偶然ラジオの公開収録をされている草野マサムネさんを拝見し「初めて芸能人を見た。発光してて凄いオーラ。」と感動したことがあります)、その頃から「スピッツのMVに出てくるような女性になろう」と未来図を描いてました。実際、27歳までは社外の人に「軽井沢で白いワンピースを着て風で飛ばされないように帽子を押さえてそう」などと言われていたのでTOBE(なりたい自分像)の正しい路線にいたと思います。ですが、28歳で電通に転職して常軌を逸した仕事量・プレッシャー・スケジュールと各種ハラスメントで心身がぶっ壊れて何らかの覚醒が起こり、「強い」などと今まで言われたこと無いことを何度か言われるようになってしまいました。
「強い」を具体的に言うと、「生命力が高い」「常に光に進む感じ」「純粋」などで、これらは自分の資質なのかそれとも過酷な環境で後天的に身に付けざるを得なかったものなのかと言われる度に困惑してました。三島由紀夫の晩年の作品に角川から出ているライトノベルがあってそのうちの2冊のヒロイン達は何故か類似の属性を持っているのですが(新潮から出てる純文学の三島作品のヒロインはそれぞれ個体差がある)、親友からの勧めでそれらの作品を読んだ時に周囲の人たちが言わんとしてたことを理解し、同時に「スピッツのMVに出てくるような女性像を描いていたのに、三島由紀夫のライトノベルに出てくるような強いヒロインの仕上がりになってしまった。」とアイデンティティ・クライシスに陥ってしまったんです。
そこで、私は自らのアイデンティティ再構築のために、ブランディングの手法であるbrandscope(弊社のフレームワーク)を使ってセルフワークショップを実施し、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を開発することにしたのです。※通常のブランディングでは①マネジメント層へのデプスインタビュー→クライアントの主要プロジェクトメンバーとワークショップを実施(私はモデレーター役)→③自身で事前に作成していたブランド設計図に①と②を加えながらMVV開発という流れ。
このスライドが、その時にできたものです。このMVVを作ってガイドラインも開発したのですが、そのプロセスの中で、自社のコーポレートブランディングをしながら、過去のセルフイメージと現在の姿(ASIS)と将来のあるべき姿(TOBE)を一貫性を担保しながら再統合し、かつ、「マスターマイセルフ(自分という存在を乗りこなす)」ができるようになっていきました。※ビジョンとガイドラインは社外秘。

ブランディングの世界では法人も人格を持っているものとして取り扱います。テクニカルな話ですがパーソナルブランディングではコーポレートブランディングでは使わない分析ツールを活用しますが、コーポレートブランディングの手法のコアの部分はパーソナルブランディングにも応用が効くなと改めて感じました。
アイデンティティに悩んでいる起業家の方は、ブランディングの手法でMVVとガイドラインを開発することをお勧めします。