スタートアップとブランディング

独立して12年が経ちました。いずれは父のように自分で会社を作るのだろうと漠然と考えてはいたものの、いざその場面に立つと不安でいっぱいになりスタートアップ関連の洋書を手当たり次第読んで気持ちを奮い立たせていた頃を懐かしく思います。10周年を迎えられるなんてその当時は想像も出来なかったし、12年経ってもまだ自分を「起業家」とも思えていないのですが、今のタイミングでしか見えていないこともあると思うので、スタートアップとブランディングについて語ってみようと思います。

起業、スタートアップ、独立

ブランディングではネーミング開発の仕事もしていて言葉や文字の意味はもちろん音のクオリアや字面など様々な視点でスクリーニングしながらネーミング開発をしているのでその職業病なのかもしれませんが、私は起業ではなく「スタートアップ」の方を使うようにしています。起業はK音が硬く締めた喉に息をぶつけてブレイクスルーさせて出す音なので、緊張や力を感じさせるしG音は濁音で重たいのでスピード感に欠ける印象を与えます。一方でスタートアップはS音が息を舌の上で滑らせて出す音なので疾走感があり(さらにSuなのでu音の健やかさが加わる)、T音が上あごに舌を付けて息をぶつけてブレイクスルーさせて出す音なので強さや確実さがあり、さらにa音の明るさやP音の心地良さの印象も加わります。音のクオリアでも字面の面でも、Startup /スタートアップの方がイメージが良いと感じるからです。

また、私個人のことを言う時には「独立」を好んで使ってます。事業会社ではなく代理店業なので起業やスタートアップを名乗るのは少し烏滸がましいような気がしているのと、小学生の頃に「Independent:独立した」という英単語に出会って感じた格好良さをずっと求めているからだと思います。ちなみに大手の広告代理店では独立したい人に100%出資の子会社を作る/子会社の社長にするということがいくつもありますが、それは真の意味での独立ではありません。以前読んだスタートアップ関連の洋書にあった「すべてが完璧に機能している会社の一員だった人間は、0から始めて会社を築き上げることの難しさを過小評価しがち」という一節が端的に示すように、0から始めてすべてを完璧に機能させることが真の独立だと考えます。

独立で得られたこと

事業ドメインを決め、ネーミング開発し、企業戦略とブランディング戦略の立案と実行、名刺やHPの作成、営業資料(クレデンシャル資料)の作成、など独立時に必要なTODOはこれまで私が会社員時代にしてきたことの延長なのでスムーズに出来るのだろうと初めは思ってました。ですが、クライアントには出来てもいざ自分のこととなるとこれが非常に難しかった。特に難しかったのはMVVの中のバリューを決めること。ミッションとビジョンは迷いなく決めることが出来たのですが、企業文化の輪郭を決めるバリューはなかなか決めることが出来ませんでした。

というのも一般的にスタートアップのブランディングでは創業者のアイデンティティをバリューに反映させる部分も多いのですが、私にとって自分のアイデンティティに真摯に向き合うということはずっと蓋をしてきた地獄の会社員時代の様々な出来事に向き合うことと同じでそのプロセスが非常に苦しかったです。そこからバリューを開発するための属性を抽出しバリューの様々な要件やブランディング戦略に合わせてバリューを開発するというプロセスは楽しむことができました。

学生時代までは健やかで愛に溢れた平和な世界で生きてきたので、社会に出てから初めて経験した理不尽にぶつけられる悪意や卑屈な攻撃、過労死レベルを超える長時間過重労働、女性の尊厳なんて皆無な環境型セクハラ(身体的接触こそありませんでしたが、ハラスメントの範疇を超えた性的な言動を見せつけられる場面が多々ありました)、隠に陽にさまざまな圧力、必死で成功させたプロジェクトの乗っ取り、などなど多種多様な醜い出来事の数々に大きな衝撃を受けながらも当時20代の私には心を無にして仕事に邁進する選択肢しかありませんでした。

そんな過酷な状況でも低きに迎合せず、自分の心身を守る選択が出来て、しっかり仕事をこなしてキャリアを向上させることができたのは自分でも立派だなと誇りに思ってますが、父親を始めとする絶対的な味方がいるという安心感、小さい頃から培われてきた自己肯定感、守って育んでくれた地域社会と母校の教育のお陰だと心から感謝してます。ですが、「美男美女、高学歴、仕事が出来て上から認められて下からも慕われる人たちなど、周囲からたくさんの愛情と教育を受けて育ってきた人たちからは一切このようなことはなかった。なぜあの一部の特異な人たちは私にこのようなことをしてきたのだろう。」と本質を突き詰めていくのは、本来なら見なくて済んだはずの人の黒い心の深淵を見ないといけないので色々と複雑な気持ちになりとても苦しく心身ともにエネルギーが必要な作業でした。

その結果、出来上がったのがこちらのバリューです。弊社のブランディングプロジェクトで使用するbrandscopeというフレームワークを使ってバリューを作成したのですが真摯にアイデンティティに向き合うプロセスの中で、「Master myself」することができたことが、独立することで得られた一番の財産でこの「Master myself」こそがスタートアップの経営者をはじめ全てのビジネスパーソンにとって必要なビジネススキルだと思ってます。そして副次的にですが、これまでの経験を活かして「従業員の生産性向上のための心理的安全性に特化したブランディングプロジェクト」のサービスを開発することもできたのも大きな財産になりました。